
冒頭、オープニングのワンカット目でとんでもない長回しにド肝を抜かれる。
しかもミュージカル。
しかもハイウェイの上。
ハイウェイの上で、反対車線まで巻き込んで歌って踊るヒトビトとそれを捉えるカメラ。
技術的にも大変だろうが、一体全体どうすればこんなシーンが頭の中で構成できるのか、想像もつかない。
その後も、丸ワイプの多用や、脚本においてもハイウェイの渋滞やカフェでの会話などオープニングとエンディングが繋がる構成等、この映画が全盛期のハリウッド・ミュージカルを超絶テクニックを駆使して再現しようという試みであることが、画面の隅々から横溢している。
ちょっとワクワクするよね。
ひょっとして、夢のような時間が過ごせるのかな、と、ふと思ったりもする。
で、ですね、、、
まあ、主演はライアン・ゴズリングとエマ・ストーンですわ。
まあ、売れてますわ。
まあ、美男美女で、演技も定評ありますわ。
ですけどね。
ですけど、ですよ。
ミュージカルの主演としてはどうなん?っていうハナシが、ココでにわかにアタマをもたげてこざるを得ないわけですよ。
まあ、ミュージカル映画として観た場合の全編のハイライト、例の駐車場のシーンね。
ポスターやパッケージのメインヴィジュアルにもなってるアレですけどね。
まあ、なんていうのか知らないけど、ミュージカルのダンスでよく出てくる両手を広げてジャンプしながらターンするアレね。
もう、ライアン・ゴズリングのアレで、吹き出しましたね。
イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、やっとこさっとこじゃん、っていう、、、
もっと華麗にキメてよ、っていう、、、
まあ、歌もたいして褒められたもんじゃないしさ。
エマ・ストーンのラスト近くの決意表明のソロだけは
「ああ、マトモに歌えることは歌えるんだな、、、」
と思ったけどさ、、、
一方で、ライアン・ゴズリングがピアノを弾くシーンで、本当に弾いているように見えるのは驚異的なことだ。
一応公式には「三ヶ月特訓して全てのパートを実際に弾いている」ということになっているが、実際に弾いているかどうかはたいした問題じゃない。
「実際に弾いているように見える」だけで充分スゴいのだ。
ピアノでコレが出来るんだったらさぁ、ダンスも歌ももうちょっと特訓してよ、っていうね、、、
正直、ピアノなんてどうでも良くね?吹き替えで良くね?
ヒトはピアノを弾いている指を見ていてもたいして楽しくない。
しかし、上手なダンスを見たり歌を聞いたりするのはそれだけで楽しいのだ。
ミュージカルってそういうことでしょ?
ピアノ練習してる暇あったらダンス練習してよって思う。
ラストのライアン・ゴズリングの前髪などハラリと垂らした顔のアップだけで全てを語るカットなど観ると、どうしてもライアン・ゴズリングでやりたかったというのも分からないでもない。
この映画に見合う歌と踊りが出来るイケメンや美女など、ブロードウェイに行けばいくらでもいるような気がするが、それではストーリーの説得力というものが出ないのだろう。
フレッド・アステアもジーン・ケリーもいない、ジンジャー・ロジャースもレスリー・キャロンもいない現代では、いい役者をある程度鍛えてヤラせる、というのが、デイミアン・チャゼル監督の結論なのだろう。
ところでこの映画の切ないラストは、ネット上では「秒速5センチメートル」に似ていると言う説が猖獗を極めているが、ワタクシ禁煙さんは、「横道世之介」に似ているな、と思った(「秒速5センチメートル」を観ていないせいもあるが)。
ラスト直前、二人はラブラブなので、カノジョが「パリへ行く」と言い出しても、カレはさほどショックを受けない。二人の絆は堅いので、何の心配もない。よろこんでパリへ送り出す。
ココから数年後のラストへ至る展開は「横道世之介」とそっくりだ。
カノジョの行き先がパリであること。
その後の展開の理由が提示されないこと。
「横道世之介」とまるで同じではないか。
パリにはオンナを狂わせるなにかがあるようだ。



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