
監督のデクスター・フレッチャーというのは、ようするに「ボヘミアン・ラプソディ」の完成直前にブライアン・シンガーが逃げた後、急遽後始末を任されて後始末をつけたヒトで、もう、この時点で二番煎じであることはミエミエではないか。
で、二番煎じです。
だって。
父親に愛されない音楽をこころざす青年が自らの性的嗜好に悩みながらも成功をつかみ、ゲイのマネージャーに騙されたり酒と薬に溺れたりするけどデビュー前からの仲間は裏切らない。
一緒じゃん。
まあ、違うところもある。
「ボヘミアン・ラプソディ」があくまでも「登場人物がミュージシャンだから歌うシーンが多い」だけの音楽映画であるのに対し、「ロケットマン」は明確にミュージカルである。登場人物が突然歌って踊るのである。
なにしろオープニングから少年時代のエルトン・ジョン、レジナルド・ドワイト少年が「Bitch Is Back」を歌いながら外に出ると、そのまま街行く通行人たちと群舞になるのだ。
ある意味「マンマ・ミーア」と同じ、一人(組)のミュージシャンの曲だけでミュージカルにする、と言う試みでもある。たまたまそのミュージシャンが、主人公も兼ねていた、と。
ところが、ですね。
ココにもまた問題があって、ですね。
「マンマ・ミーア」は歌詞とストーリーが合ってる訳ですね。
歌詞に合わせてストーリーを作ってると言ってもいい。
ところが「ロケットマン」はいまいちそうなってない。
冒頭の「Bitch Is Back」にしてからが、なんでエルトンはまだ少年時代なのに「あばずれさんがお帰り」になるのか全く分からない。エルトンのヒット曲の中でももっともイントロが派手なんでオープニングにふさわしくね?、とかではないか。
特に。
エルトンの半生を映画にする、と聞いてオールドロックファンが期待するのは例の「プリマドンナ事件」がどう描かれるのか、ではなかろうか。
1975年の傑作アルバム「キャプテン・ファンタスティック(アンド・ザ・ブラウンダートカウボーイ)」に「僕を救ったプリマドンナ」という美しい曲がある(まあ、シングルカットされてヒットもした)。
この「僕を救った~」というのが誤訳である、というのは発売当時から言われていた。
何しろ原題は「Someone Saved My Life Tonight」である。単純に訳して「今夜誰かが僕の人生を救った」にしかならない。
歌詞の中に確かに「プリマドンナ」と言う単語が出てくるのだが、どうもよく考えると「誰かが(プリマドンナから)僕の人生を救った」と言う意味にしか思えない。
と、ココまではわかるのだが、その先がよくわからない。
オンナより仕事を取ったオトコのハナシかな、と思うが、それにしちゃ曲調が大仰で希望に満ちている。
芸術家ってそういうものなのかな?と言う感じ。
さらにタイトルの「さませいまらいとぅない♪」のあとに続く「しゅがべー♪(しゅがべーえーえー♪」という謎のコーラス。なに?シュガーベアって。砂糖熊?お菓子?
ところが。
それからなんと35年後の2010年にこの「プリマドンナ」が名乗り出るのである。
「あの歌のプリマドンナはワタシのことよ」
というわけだ。
彼女は売れない頃のエルトンと相棒の作詞家バーニーが下宿していたアパートに住んでいた女性で、なぜかエルトンと「デキて」しまう。まあ、エルトンはある程度バイ・セクシャルでもあったのだろう。
そしてエルトンは世間体も考えゲイであることを押し殺して(まあ、カモフラージュもあるだろう)彼女と婚約してしまう。
ところが当時エルトンがバックバンドを努めていた先輩ミュージシャンのロング・ジョン・ボルドリーと飲んでいたときそのハナシになり、自身もゲイを既にカミングアウトし、エルトンもゲイであることを見抜いていたボルトリー師匠は言下に
「ヤメろ。そんなことをしたらオマエの音楽は死んでしまうぞ」
とのたまい、エルトンはその晩、アパートを脱出する。
そして驚いたことに、ロング・ジョン・ボルトリー師匠のあだ名は「シュガーベア」なのだという。
えええええーーーーーーーッ!!!!!!
シュガーベアってヒトの名前だったのか、、、
つまりあの歌は、「(性的に不一致な)プリマドンナから僕を救ったシュガーベア」という曲だったのだ。
と、言うような事情は町山智浩氏のブログに詳しいです。
しかしこのハナシにはまだ謎がある。
プリマドンナ女史はあの歌のプリマドンナが自分であることは分かるだろうが、酒場で行われた会話は知るすべがない。あの辺の事情はどこからつたわったんだろうか。
さらに言えばロング・ジョン・ボルドリー氏のあだ名がシュガーベアであることは、当時のロンドンのポップミュージックシーン、少なくともボルドリー師匠のファンの間では知れていたのではないか。
「キャプテン・ファンタスティック」を出した1975年当時、エルトンは既に「ビートルズ以来最大の売上」を誇るポップスターであり、彼がボルドリー師匠のバックバンドをやっていたことも知られていたはずである。
だとすれば、当時のロンドンのポップファンたちは、この歌を聴いて「ああ、シュガーベアに諭されたのね、、、ということはエルトンも、、、」くらい思っていたのではないか。
ココで問題になるのは曲タイトルの誤訳問題である。
実は日本のレコード会社の担当者はエルトンがゲイであることを知っていて、「今ゲイであることがバレると売上に響くかな、、、」と思い、あえてプリマドンナとは別れない感じの邦題にしたのではなかろうか。あえての誤訳、あえてのミスリードだったのではなかろうか。
で、ですね。
映画ですよ。
実を言うとこのシーンは有ることは有るのである。
しかし、夜明けに逃げ出さないし(真っ昼間逃げ出してプリマドンナに窓から物投げられたりする)、酒場で諭すのは白人ブルースマン、ボルドリー師匠ではなく、イギリス出稼ぎ中のソウルミュージッシャンである(サミー・デイビス・ジュニアのイメージではないか)。
そしてなにより、このシーンに「僕を救ったプリマドンナ」はかからないのである。
エルトン=バーニーの曲の中でもコレほど実際の出来事を歌ったことが有名である曲もないのに、なぜ使わないのか、と思う。
ことほどさようにファンを裏切るところがあるのよ、この作品は。
あと、ミュージカルとしてもどうかな、と思う。
まあ、ダンスがショボいのね。
群舞のシーンが何度も有るのに、「あ!スゴい!!」と思うダンス、「楽しい!」と思うダンスは一箇所もなかった。
ただ、ミュージカル中に幻想になだれ込むシーンが何箇所かあり、このなだれ込み方にけっこうハッとさせられ、このためのミュージカルなのかな、という気もする。
アメリカに渡って最初のステージでテンションが上りすぎて宙に浮いてしまうシーン。
プールの底で「自分」に出会うシーン。
このふたつには確かに映像的な力がある。
結局、エルトン・ジョンをよく知らない人が見たら面白いのかな、と思ったのである。
最初から「こういう奴がいた」、あるいは全くのフィクション、と思って観れば、面白いのかも知れない、と思ってみれば、余計な史実や自分が知っている人物像に惑わされることなく楽しめるのかも知れない。
しかし、ネットでエルトン・ジョンを知らない若い人たちの評判を見ると、彼らの多くは「エルトン・ジョンのファンが見たら面白いかも知れない」と言っている。
じゃあ誰が観たら面白いんだよ、、、というハナシだ。
イヤ。
いた。
この映画を楽しめるヒト。
それは。
ダロン・エジャトンのファンだ。
エルトン・ジョンを知っている我々から見ると、エルトンがあんな筋肉ムキムキな訳はない、アレじゃスパイじゃねーか、と思うが、知らないヒトは気にならないだろう。
そして確かに歌唱力はスゴい。
タロン・エジャトンのファンは彼のムキムキ筋肉も演技力も歌唱力も楽しめて大変オトクな映画となっている。
ただし、ワタクシ禁煙さん、この映画を見てから一週間、エルトン・ジョンの音源を引っ張り出して聴きまくってしまいました、、、エルトン式のラブソングはもう何十年も前に卒業したと思ってたんだけどね、、、


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