
う~ん、う~ん、、、この映画を、
「悲惨な生い立ちの少年がさらに過酷な運命に翻弄されて、結果殺人鬼になっちゃいました」
という映画としてみると、よく出来てる。
『屋敷女』、『リヴィッド』で一気に「フレンチホラー」というジャンルを作り出したフランス人コンビ、ジュリアン・モーリーとアレクサンドル・バスティロフ監督作。
さすがに色んな意味でちゃんとしてる。
続々出てくる深みのあるキャラクター。
ひねりのある脚本。
独特の色彩の深い映像。
迫力とテンポのあるカッティング。
間然とするところがない。
でも、ワタクシ禁煙さんはコレはぜんぜん違うと思う。
何しろこの映画は「レザーフェイス~悪魔のいけにえ~」なのであって、事もあろうにあの、ホラー映画の金字塔、「悪魔のいけにえ」の前日譚であるばかりか、なななんと、あのホラー映画史上最大のアイコン、レザーフェイスがいかにしてレザーフェイスになりしか、を描くというのだ。
コレはオオゴトですよ。
なにしろ相手はホラー映画史上最大の不条理の体現者である。
正直言って無理でしょ。
って言うか絶対やっちゃダメでしょ、そんなこと。
何回も言いますが、「悪魔のいけにえ」は、「なんの解説も無い」ところが偉大なのである。
なんの説明もなく、ただ、不条理な虐殺だけがそこにある。
一種の神様である。
神が存在するのに理由はいらない。
神は、ただそこにある(つか悪魔だけど)。
神がそこにある理由など掘り下げて何になろう(つか悪魔だけど)。
それはむしろ神の威厳を損ねる行為だろう(つか悪魔だけど)。
つまりはレザーフェイスの圧倒的な不条理感及び恐怖を損ねる行為だろう。
この映画は元祖「悪魔のいけにえ」の生みの親、トビー・フーパーの最後のプロデュース作でそうだ。
トビー・フーパーといい、「ハンニバル・ライジング」のトマス・ハリスといい、なぜこういう余計なことをして晩節を汚すのだろう。
だいたい、トマス・ハリスですら成功しなかったことを、そう簡単に成功するわけないと思うがどうか。
ワンチャン、「レザーフェイスはいかにしてレザーフェイスになりしか」を描くことは可能なんだろうか。
多分、それはワタクシ禁煙さんが「悪魔のいけにえ」のときに否定し去った、オカルト映画の・ようなものになるのだろう。



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