★★★★☆

あ~、コレはもう、呆れるくらい良く出来てますねー、、、
ほとほと感服した。
もう、今回はのっけから完敗宣言。
ナニがスゴいってさ、コレ、驚いたことに正確にはゾンビ映画じゃないのね。
コレは、父と娘、夫と妻、恋人同士などといった家族の絆、さらには極限状況で生まれた男同士の友情、などを描いた人間ドラマです。
イヤイヤイヤ分かってる分かってる。
分かってるって。
基本的にゾンビものって全部そうだっていうんでしょ?
それはそうなの。
それは分かってるの。
要はどっちがどっちに奉仕してるかって問題なのよ。
ゾンビってシチュエーションが、人間ドラマに奉仕してるのか、
人間ドラマがゾンビの恐怖に奉仕してるのか、と。
この映画を作った奴らが、最初から「ゾンビを使って人間ドラマを際立たせよう」と思って作り始めたかどうかは分からない。
むしろ、最初は「本格的なゾンビものを作ってやろう」と思っていたのだろう。
「高速列車の中でゾンビウィルス蔓延し始めたら面白くね?」ってなもんだ。
しかし、作ってるうちに、自然と人間ドラマメインになっちゃう。
コレが作家性というものだろう。
本作が、ゾンビ映画としては珍しく、やや救いのある(全人類の滅亡を覚悟させない)ラストを用意しているのも、そういうことだろうと思う。
ぞしてここからが真に驚くべきところなのだが、人間ドラマメインであるにもかかわらず。ゾンビものとして驚異的に良く出来ているのだ。
本作は、ゾンビものであると同時に列車モノでもあるので、「大陸横断超特急」だの「暴走特急」だのの記憶を流用してもいるのだが、アイデア満載の映画なので、そういう流用が気にならない。
特に、一度下車した挙げ句、命からがら列車に戻ってきた主人公たちが、後部車両からゾンビの蔓延する車両を突破して、家族のいる前部の車両に移動しなければならないシークエンスなど、登場人物達が必死で考えたアイデアで乗り切る有り様が、まるで「隠し砦の三悪人」のようでもある。
脚本もアイデアが豊富だが、演出面でもなかなかアイデア豊富で飽きさせない。
蹴っつまづいた人間のカットに、一瞬、蹴っつまづいた本人の目線の映像を混ぜる、だの、主人公の印象的な行動を、彼の影だけで見せるだの、さりげなく、「通り一遍の撮り方はしませんよ」と思い知らせてくる。
人間ドラマで泣かせるのは簡単なのだ。愛し合ってる者同士に別れが来れば泣く。
しかし本作は、中年男のビルドゥングス・ロマン、などという隘路にも挑戦して、驚くべきことに成功している。
韓国の西島秀俊ことコン・ユは冷徹な証券マンである。ゾンビ列車などという極限状況に置かれても、他人は差し置いて自分と娘だけ生き残ればいいと思っている。
しかし、マ・ドンソクやその妻、野球部の高校生や、韓国の若き木南晴夏ことアン・ソヒ演ずるその恋人のマネージャー、そしてナニよりも自分の娘と協力して窮地を切り抜けていくうちに、徐々に自分を犠牲にしても他人を助ける人間性に目覚めていく。
コレを、声高に謳わないでちゃんと描けているのは素晴らしいと思う。
本作は、前にも述べたが、「大陸横断超特急」のような列車モノ、そしてもちろんゾンビもの等、様々な映画の記憶を流用している。
が、最大の映画的記憶の流用は、本作でも相変わらずヒトを(イヤゾンビだけど)殴りまくっているマ・ドンソクだろう。
他の仲間がバットだの棒っ切れだのなんとか武器らしきものを手にするのに対し、マ・ドンソクだけはひたすら素手で殴る。
コレである。
殴り続けるマ・ドンソクこそ、このような傑作をも生み出す韓国映画界の最大のアイコンなのかもしれない。



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