「罪の声」 主役の二人が出てないシーンだけがイイ

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  ワタクシ禁煙さんの世代なら誰でも聴いたことがあるだろう。
  あの、「グリコ森永事件」の現金授受の際、犯人側からの指示に使われた「子供の声」。

  アレは衝撃だった。
  あの、日本全国を翻弄する犯人グループに子供がいる。
  しかも複数。
  しかも女子も。

  つまり犯人グループはファミリーなのだ。
  この犯罪の根深さ、グループの不気味さを象徴する「声」であった。

 爾来35年。
 たまに、「あの声の子供たちはどうなったんだろう、、、」と思い起こすこともあったような気もする。10年に一回くらい。

 したがってワタクシ禁煙さんは、自分が犯罪に加担してたとは知らぬまま30代のおとなになった「声の主」を主人公にする、という発想は素晴らしいと思う。
 もう、それだけで観ざるを得ない。

 京都で小さいテーラーを営む星野源は先日亡くなった父の遺品の整理中、謎の手帳とカセットテープを発見する。
 手帳の中身は英文でほとんど読めないが、「ギンガ」「萬堂」という文字だけわかる(コレがつまりこの映画での「グリコ」と「森永」なのね)。
 更にカセットテープを再生すると、子供時代の自分が歌を歌っている(昔はビデオカメラがないのでよくこういう事をしたのよ)音声だが、突然途切れて自分の声がなにやら場所を指示している。
 「ギンガ」、「萬堂」、そして子供の声、、、コ、コレって、、、というハナシ。

 一方その頃大阪の新聞社の文化部記者小栗旬は突然社会部に呼び出され、年末の「ギンガ萬堂事件特集」に協力しろ、と命令される。社会部では、「ギンガ萬堂事件」に先立つ数年前、イギリスでそっくりの事件が起こっており、「ギンガ萬堂事件」の直前、その事件を調べていた中国人がいた、という情報を得たのだが、社会部には英語の喋れる社員がいない。そこで大学時代に英検準1級(「準」というところが一応笑わせる)を取得している小栗旬に「イギリス行って来い」と指令が下るのである。

 この二人が独自に追求を始めるのだが、やがて二人の調査は交錯し、それぞれの人生を背負いながら、協力して調査をし始めるのであった。

 ここから現代で調査する二人のパートと、徐々に明らかになってきた過去のパートが描かれる。

 で、ですね。
 だいたい、過去のパートの方が良くて、現代のパートがショボいです。
 「声の主」は他にも二人いたのだが、この二人は犯行グループの別のメンバーの娘と息子だった。
 そしてこの二人が辿ったその後の人生の苛烈さを描く時だけ、演出もノッているように思える。
 演技陣もお姉ちゃん役の原菜乃華ちゃんなど、苛酷な運命に抗い、翻弄される少女を演じて間然とするところがない。

 で。
 コレに比べて現代のパートがもう、薄っぺらいのね。
 特に小栗旬が薄っぺらい。
 役柄も演技も薄っぺらいの。
 今文化部の新聞記者が東京での社会部時代辛かったハナシとかどーーーーでもいいじゃん。
 役柄が薄っぺらいことに呼応してか小栗旬の演技も薄っぺらい。
 ていうかかつて小栗旬の演技が薄っぺらくなかったことなどあったろうかと思うくらい薄っぺらい。
 と思ってよく考えてみたが、小栗旬が出てる映画そんなに観たことなかった。
 「あずみ1」「あずみ2」と「踊る大捜査線」と「テラフォーマーズ」くらいだった。
 薄っぺらいじゃねーか!!

 なんか「オレ、若手演技陣のリーダーだから」的な驕りが芝居に出ちゃってると思うんだけどどうだろう。
 特にまだ生き残っている犯人グループのひとり、宇崎竜童と小栗旬の対決シーンなど、あまりの薄っぺらさに目を覆いたくなる。

 監督は例によってTBSのディレクター。
 過去バートを見れば、出来ることは出来るのだが、小栗旬と星野源という2大スターを擁した現代パートはもう、どうせ視聴率は確保出来てるし、適当でいいと思っているのだろう。映画は視聴率じゃないのに。
 いいトシしてテレビドラマと映画の決定的な違いにとうとう気づかないのかな、、、という感じ。

 原作を読んで「コレはイケる!!」と思ったんなら、ちゃんとした映画監督に任せようとは思わないのかな、、、
 あ、「コレはイケる!!」と思ったのもTBSのプロデューサーか、、、

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