「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」 シャロン・テートへの鎮魂歌

 タランティーノにしか作れない映画であると同時に、タランティーノにしか許されない映画。
 例えば、この映画の脚本を、タラちゃん以外が持ってきたとして、金を出すヤツ、監督するヤツ、出演したがるヤツ、ドレもコレもひとりもいないだろう。
 しかし、「コレをタラちゃんが演出するとすると、、、」と考え始めた瞬間、アッという間に100億円の制作費は集まるわ(ちなみに収益は現時点でその4倍)、デカプーは出るわブラピは出るわアル・パチーノは出るわと言う騒ぎである。

 しかしこの映画、2時間半の間、ラスト直前に至るまでほとんど事件らしい事件は起きない。
 ただ、仲の良いオッサン二人の日常を淡々と描いているだけだ。

 オッサンの一人は、デカプー演じるもともと映画スターだったがやがてテレビの人気者になって、今はやや落ち目で悩んでいる中堅俳優。
 もうひとりはブラピ演じるその映画スター専属のスタントマン。
 この二人の大した事件が起きるでもない友情の日々がこの映画のメインである。
 決して「熱い友情」でもホモっぽくもない。
 かと言って決して離れ離れにはなれない、コレまた淡々とした不思議な友情。

 イヤ、もうひとりいた。
 三人目の主役はシャロン・テート。
 まあ、みんな知ってるだろうけど、この映画はあの「シャロン・テート事件」を前提にしていて、もう、シャロン・テートが大々的にフィーチャーされている。
 シャロン・テート事件についてくだくだしく説明するのはやめておくが、要は1969年6月8日から9日の深夜、新進女優にして当時新進気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーの奥さん(妊娠8ヶ月)であったシャロン・テートは、自宅で友人たち数人とヒッピーの集団に惨殺される(もう、ココに書けないくらいの惨殺)のである(説明してもうた、、、)。
 この、もうすぐ亡くなってしまうシャロン・テートさんをたっぷり描いている、というのもこの映画の仕掛のひとつなのだ。
 パーティーではしゃぐシャロン。家ではしゃぐシャロン。
 極めつけは、街を一人で散策していて、自分が出演している映画を上映中の映画館を見つけ、もぎりの女性に「アタシ、この映画に出てるのよ?」
と名乗ってしまうシーンだろう。
 普通に考えたらタダのイヤミなバカ女だが、タランティーノ監督は決してそうは描かない。
 客席で自分が出演する映画を観ながら、撮影時の苦労に思いを馳せるシャロン。
 まるで天使のようである。
 タラちゃんは、ココではあくまでシャロン・テートを「時代を象徴する天使」として描いている。

 そして、我々は、1969年の8月9日、シャロン・テートが惨殺されることを知っている。
 さらに、映画の最初で、シャロン・テートとロマン・ポランスキー夫妻は、デカプー演じるスターが住んでいるハリウッドの超高級住宅街、シエロドラブの隣の家に引っ越してきたことが描かれる。
 この三人の運命が、やがて交差するであろうことは、観客にはわかっている。 

 いっぽうデカプー演じるスターは、自分が落ち目であることに悩んでいる。
 映画スターからテレビのスターに落ちたものの、それでも一時は大人気シリーズの主役だった。それが今では後輩スターのためのシリーズの悪役が主な仕事であり、当然のことながら専属スタントマンのブラピの仕事も減っている。

 仕事のランクが落ちていることに悩むデカプーと、仕事がないブラピ。
 この二人の、それなりにイロイロなことが起きはするが、どう考えても映画にするほどでもない日常。
 しかし、コレが面白い。
 例によってダラダラとした会話を交えてこの、ある意味役者やスタントマンとしては当たり前の日常を描いて面白くできるのは、やはりタラ坊だけなのだ。

 このパートのクライマックスは、デカプーが8歳の美少女(マジ美少女)子役との交流の中で演技開眼するシーンと、ブラピがヒッピー女に連れられて、「スパーン映画牧場」に行くシーンはある意味クライマックスだろう。

 デカプーが「演技開眼する演技」ができているかどうかは、ご自分の目で確かめていただきたいが、ブラプが「スパーン映画牧場」に乗り込むシーンは、そこが惨殺事件の犯人グループ、チャールズ・マンソン一味のアジトであったことを知っていると知らないとでは、サスペンスが全然違うので、一応知っておいたほうがよろしからんと思い、ココにも書いてみました。

 そんなこんなで、映画は運命の1969年8月9日に向け、ゆっくりと進んでいく。
 この映画、ラスト直前までタラ坊の映画としては画期的に暴力沙汰が少ないが、ラストにはそれなりにカタストロフが用意されている。
 どういうカタストロフになるかは実際に観ていただきたいが、コレはやはりタランティーノにしか許されないラストだろう。
 そういう意味ではちょっと「イングロリアス・バスターズ」にも似ている。

 ラストのワンカットにいたり、我々は
「ああ、このためにシャロン・テートを天使のように描いたいたんだな、、、」
と深く首肯するのであった。

 ところでブラピの奥さんの件ってなんなの?

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