
渡哲也追悼特集第二夜。
渡哲也というヒトは不思議なヒトだな、とワタクシ禁煙さんは思うのである。
コワモテの大門団長の底には浮浪雲が潜んでいることは「紅の流れ星」で確認できた。
しかしその境目はどこにあるのか。どのようなグラデーションになっているのか。
そしてもうひとつ不思議なことがある。
実は綺羅星の如き日活アクションのスターのなかで、日活がアクション映画から撤退したあとも、映画、テレビドラマともに一線級のスターで有り続けたのは、渡哲也ただ1人ではないか。
裕次郎の「太陽に吠えろ」はあった。
小林旭の「仁義なき戦い」もあった。
もちろんその他イロイロ有ったろうが(ターゲットメンだのなんちゃら事件帖だの)、日活アクション時代の輝きからすると見劣りするの否めないのではないか。
そもそも日活アクション凋落の原因は裕次郎とアキラの肥満化が原因と言われているくらいだ。
しかし渡哲也だけは日活アクションの事実上の解散後も、東映で「仁義の墓場」等の傑作をものしていた。テレビドラマにいたっては「大都会」「西部警察」に連なる刑事ドラマ、そして「浮浪雲」、さらには大河ドラマまで、コンスタントに主役をはり続けていた。
しかも数々の病気、ケガにより休業を余儀なくされた中で、である。
なぜ渡哲也だけが日活アクションスターの中で生き延びたのだろうか。
実を言うと、日活アクション時代は主役級のスターではなかったが、後に大成する藤竜也という逸材と、日活アクションというよりは日活末期の任侠映画のスターだった高橋英樹という二枚目(日活のスターで二枚目と言えるのはこのヒトくらいではないか)がいるのだが、この二人についてはまたいずれ語りたい。
「無頼より 大幹部」は日活が任侠映画に活路を見出そうと足掻いていた頃の作品。
「無頼より」とあるのは作家に転身した元暴力団幹部、藤田五郎氏の「無頼 ある暴力団幹部のドキュメント」が原作になっているから。
しかし本作での渡哲也演じる主人公「ゴロー」はまだ客分格のチンピラで、全然「大幹部」でもなんでもない。このへんのタイトルのいい加減さは、日活というか舛田利雄の得意技なのかも知れない。「紅の流れ星」にいたっては紅も流れ星も全然出てこないし。
日活アクションは多くの人気男性スターも生んだが人気女優も生んだ。アクションスターに対して誰をヒロインに充てるかは日活アクションのお楽しみのひとつだが、本作で渡哲也の相手役に抜擢されたのは松原智恵子。
この頃は既に準主役(要はアクションスターや青春スターの相手役)が何十本もある中堅だが、信じられないような清純さ。それでいて、箱入り娘が家出してきていきなりヤクザに惚れる無茶な設定にリアリティをもたせているのはサスガ。
本作はアヴァンタイトルで主人公の生い立ちが語られるのだが、コレが悲惨の一言。藤田五郎氏の自伝なのだろうが、なるほどヤクザになるヒトはこんな悲惨な人生を送ってきたのかな、と思わせる。むしろこのあとの成長した渡哲也がやや明るさもあるせいで、ホントにあの悲惨な過去を背負ったいるのかと不安になる。
そう、ココには「紅も流れ星」の屈折したハニカミ屋のギャングから西部警察の大門団長いたる過程がある。
ストーリーはよくある任侠モノの域を出ない。
義理と人情の板挟みなったヤクザが最終的にどうしょうもなくなって大暴れ、というハナシ。
結局ココに家出少女松原智恵子との絡みがあるのが日活映画ということだろう。
この、松原智恵子との純愛ギリギリの、「コレは恋愛なのか?恋愛と言っていいのか?」というレベルの関係性が、青春映画の日活、のにほひも漂わせているのだ。
そして日活伝統の泥臭いアクション演出。
役者の身体性に頼って、あまり特徴的な殺陣とかカメラワークとかは見られない。役者たちが暴れているところを、ただ、撮っているだけのようにも見える。
なんとなく、後の(5年後くらい)の深作欣二による「仁義なき戦い」のドキュメンタリータッチの萌芽のようにも見える。
深作欣二の乱闘シーンのカメラワークについては、ロベルト・ロッセリーニの影響が指摘されているが、この時代の潮流を突き詰めた結果、という側面も有ったのかも知れない。
いや、それともコレは舛田利雄の個性なのかなぁ、、、
舛田演出は時に驚嘆すべきシャープでアヴァンギャルドなカメラワークを見せるが、アクションシーンにおいては役者の身体能力を伝えるのが日活のルールなのだろうか。
コレは今後の研究テーマだなぁ、、、
脇役で松尾嘉代が「紅も流れ星」に続いて幸薄い役で印象深い。
松尾嘉代さんは若山富三郎先生のお気に入りという印象が合ったが、元々は日活の女優さんだったんだねぇ、、、
さらにその夫にして渡哲也演じるゴローと因縁浅からぬ「先輩」役の待田京介さんというヒトが強烈な印象を残す。元々「空手家が役者もやってみました」タイプのヒトらしいが、80年代まで映画にドラマに大活躍の売れっ子だったらしい。多分、ワタクシ禁煙さんも何度も見ているのだろうが、覚えていない。
そして藤竜也。
ここにも脇役時代の藤竜也がいる。
後世の魅力は全く感じられないが、この時点でワタクシ禁煙さんには分からないなにかがあったのだろう。
渡哲也はこのあと日活や東映でさんざん任侠モノに主演したあと、東宝の「ゴキブリ刑事」を経て、テレビの刑事ドラマへと軸足を移していく。
つまり、ギャング→ヤクザ→刑事と進化していく。
そして、徐々に表情を失い、照れと屈折を失っていく。
それが渡哲也自身の内面を反映しているのか、時代の要請なのか分からない。
何本も観ると分かるんだろうか。
いつかその世代のヒトに渡哲也の変遷をどう思って観たいたのか、聞いてみたいものだな、と思うワタクシ禁煙さんであった。



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