「暗数殺人」 複雑怪奇な実話をエンターテインメント化に成功

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 「暗数」とは統計と実際の数値の差、だそうだ。
 つまり、この映画の場合は警察が事件と認識していない犯罪のこと。しかも殺人事件。

 映画はとある場末の食堂で、刑事が情報屋の紹介で「ヒトに頼まれてバラバラ死体を埋めた」と主張するオトコの告白を聞くシーンで始まる。
 ところが告白の最中、突然乱入してきた別の刑事たちにあっという間に逮捕されてしまう。
 彼は告白していた死体遺棄の他に、つい最近恋人を殺していたのだ。
 つまり、この映画の犯人役はストーリーが動き出した段階ですでに捕まっている。

 コレは斬新だな、と思った。
 犯人探しはなく、犯人がこれ以上犯罪を犯す可能性もないのだ。
 その中でどういうストーリーを展開するのか。

 刑事役は「チェイサー」「極秘捜査」のキム・ヨンソク。
 犯人役は「工作 黒金星と呼ばれた男」でイヤミな安全保安部課長を演じていたチュ・ジフン。

 映画はこの後この二人の知恵比べになっていく。

 逮捕のきっかけになった最近の恋人殺人ですでに終身刑を求刑されていたのだが、犯人はこの事件の担当ではないユンソク刑事を呼び出し、証拠品の在り処を教える。
 新たな証拠を入手したユンソク刑事は裁判に提出せざるを得ないが、実は殺人課の刑事たちは証拠を捏造していたのだ。
 ユンソク刑事が新たな証拠を提出したせいで、検察は終身刑を勝ち取れなくなってしまう。
 さらに犯人は「他にも7件の殺人を犯している」と言い出し、その情報を小出しにし始める。
 だが、そのうちのひとつの死体を発見したユンソク刑事は、死体を証拠に検察官を説得して起訴に持ち込むが、DNA検査でユンソク刑事の見込んだ被害者とは違うことが判明してしまい、無罪になってしまう。

 つまり、ユンソク刑事は犯人にすっかり利用されて減刑だの待遇だのを勝ち取らているのだ。
 ユンソク刑事はこれらの失態により地方の交番勤務に格下げされてしまう。
 しかし、ユンソク刑事は諦めない。
 犯人に完全にコケにされたユンソク刑事ではあったが、悔しさに負けることなく、交番勤務のかたわら、地道に7つの暗数殺人の立証を続けるのであった、、、

 この犯人はいわゆるシリアルキラー、連続殺人鬼というよりは、「クリミナル・マインド」でいうところのスプリーキラー、大量殺人鬼であろう。別に人殺しに快感を感じているわけではないが、ちょっと激情すると、あるいは気に食わない事があると、ためらうことなくヒトを殺してしまう。
 通常このタイプはあまり知的ではなく、当然この犯人も教養があるようには見えないのだが、なぜかとんでもなく知的な罠を仕掛けてくる。
 途中で拘置所で法律書など読んで勉強しているカットがあるが、このオトコは登場した瞬間自分が逮捕されることを予期して罠を仕掛けているのである。
 なぜこのオトコがこんなに悪知恵がはたらくのか分からないと言えば分からないが、「工作 黒金星と呼ばれた男」でも鮮烈な怖いヤツ演技を見せたチェ・ジフンの迫力でなんとなく納得してしまう。

 この、「自分が犯した犯罪の情報を小出しにして刑事を操る犯人」と「犯人に操られている事を承知の上で情報を引き出し逆転しようとする刑事」の対決、というアクションシーンもサスペンスも無いストーリーは、映画としてかなり難しいのではないか。
 犯罪サスペンスであるにも関わらず、派手な見せ場が無いのだ。
 しかし、複雑かつ微妙なテーマを展開して微塵も乱れない脚本と、迫力ある映像で描いた演出、そしてリアリティを持たせた演技、と三拍子揃えてちゃんと面白い映画にまとめ上げたプロデュースワークは素晴らしい。 

 韓国映画はイメージキャストが多い。
 マ・ドンソク先生といえばヒトを殴る役(まあ、あの腕ならしょうがないが)である。
 そして、キム・ユンソクといえば「しつこく何かを負い続けるヒト」である。
 「チェイサー」は刑事ではなく風俗店の店長だったが、消えた風俗嬢を驚くべき執念で追い続ける(風俗嬢の体を心配しているのではなく、払った前金を気にしている、というのがいいではないか)オッサンであった。
 「極秘捜査」でも中央の警察に邪魔されながらもしつこく犯人を追い、人質を助けようと奔走し続ける刑事の役であった。

 おそらく韓国ではしつこく何かを追い続ける役があると、とりあえずキム・ユンソク先生にお伺いを立てるのではないか。

 そして、ワタクシ禁煙さんは長らく「ソン・ガンホにハズレ無し」と唱えていた(主に妻に)が、ここ数年は「マ・ドンソクにもハズレ無し」とひとり追加していた。しかし、こうなると、「キム・ユンソクにもハズレ無し」と言わざるを得ないだろう。そして、都合三人も「ハズレ無し」のヒトがいる韓国映画界の底力に嘆息せざるを得ない。

 最後に、この映画は風景の描写にこだわっていることも指摘しておきたい。
 何か所か、えらく美しい夕焼けや海、なにもない地平などが満載なのだ。
 ギリギリの心理戦と美しい風景の対比。。
 コレがこの映画の最大の価値かもしれない。

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