

黒人がクー・クラックス・クランに入会するハナシ、と聞いて「どんなドタバタ喜劇だよ」と思ったが、残念ながら(?)そうはならなかった。
黒人警官が上司に言われていろいろ潜入捜査する。
最初は元ブラックパンサーの大物の演説集会とかに潜入していたが、思いつきでクー・クラックス・クランの支部に本名で電話してみると、なんとあっさり意気投合(つまり、騙すのに成功)、事務所に来いと言われてしまう。
このまま黒人警官本人がのこのこクランの事務所に現れれば、ワタクシ禁煙さんの期待した通りのドタバタ喜劇になったろうが、なんと、実際に事務所に行くのは同僚の白人警官なのである。
なぁ~んだ。
で、ドタバタ喜劇でなければなんだ、と言うハナシだが、、、
実はこの映画、あある程度コメディでもあり、サスペンスでもあり、ある意味青春映画でもあり、恋愛映画でもある。
最終的にはBlack Lives Matterに帰結し(2018年の時点でちゃんとBlack Lives Matterという運動があったことがわかるだけでも有意義な映画だな、と思う)、ああ、スパイク・リー映画だな、と思わせるが、さまざまな楽しみ方のできる要素をスルッと一本の映画にまとめ上げるのも、今のスパイク・リーなのだろう。
結局、クランの事務所にでかけていくの白人警官なのでガッカリしたと書いたが、スパイク・リーは潜入する白人警官の役(「スター・ウォーズ」のカイロ・レンことアダム・ドライバー)をユダヤ人に設定することでここもちゃんとメンテナンスしている。
ユダヤ人も大っキライなクランのメンバーにユダヤ人であることがバレないかどうかでちゃんとサスペンスも演出出来ている。
そしてこの映画には何か所か印象的で、ちょっと強烈な演出、というかカメラワークが採用されているカットがある。
例えば主人公の黒人警官(なんとデンゼル・ワシントンの息子、ジョン・デヴィッド・ワシントン。なぜか全然似ていない)が最初に潜入捜査をするシーン。
実はその警察署で初めての黒人警官なので、元ブラックパンサーのリーダーの演説会に潜入させられる。
そして、元リーダーの演説に感動して感化されていく聴衆たちのアップの処理。
さらに、その演説会で知り合った女性と付き合い始めた主人公が、公園を散歩しながら黒人が主人公になっている映画、いわゆるブラックスプロイテーション映画(「黒いジャガー」とか「スーパーフライ」とか)について語り合うと、いちいちその映画のポスターが画面半分くらいのサイズでインサートされる趣向。
そしてラスト直前、全てが終わって(と思いこんで)くつろぐ主人公とその彼女が家のリビングでくつろいでいると、突然チャイムが鳴る。二人が恐るおそる玄関に向かう時、「ブルース・ブラザース」のシスターが扉の向こうに引っ込むときのように、スーッとドーリーに乗ったかのように(多分、事実乗ってる)近づいていく。
これら、やや作品の完成度を崩しかねないほどの印象的な演出をアクセントにしつつ、全体としてはベッタリと面白く観れる映画になっているところがスパイク・リー円熟の演出ということなのだろう。
そう、この映画はラストに向かって徐々に盛り上がって最後に爆発するタイプの映画では無い。
例えば相米慎二やジョニー・トーのような、オープニングから一定のテンションを保ちつつラストまでベッタリ面白いタイプの映画なのだ。
そして、一定のテンションを保ちつつ、コメディやサスペンスや刑事アクションをフラフラする。
もう一つ円熟と言えば、この映画における白人の扱いもスパイク・リーの円熟を示しているのかな、という気もする。
潜入捜査するアダム・ドライバーを筆頭に、その元の相棒、潜入捜査課の上司から署長に至るまで、全員白人なのだが、主人公の味方なのだ。
署長はブラックパンサーにもクー・クラックス・クランにも潜入を命じる差別意識のない、公平な人物として造形されている。
ただひとり、署内の制服警官に差別主義者がいるのだが、映画のラストはなんと署長以下署内の仲間(当然、主人公以外は白人)でこの差別巡査を引っ掛けるのだ。
ラストでニュース映像を使ってキッチリ人種差別を扱うが、白人全てを糾弾するわけでもない、白人にも差別意識の無い人間はいる、と認めている。
で、全体的に見て、ですね。
そんなに「オモしれぇ、、、」と言う映画でもないのね。
「ああ、スパイク・リーの映画を観た、、、」という満足感はあるが、そんなにメチャクチャ面白い映画ではない。
映画を背景まで含めて面白がれるヒトは多分この映画を褒めちぎるだろう。
しかしなるべく映画を表層を楽しもうとするワタクシ禁煙さんは、面白いことは面白いが、ま、こんなもんかな、、、と言う感想を持たざるを得ないのであった、、、



コメント