「ボーダー 二つの世界」 コレは恋愛映画だ!

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 この映画は、映画の文法は崩していない。むしろ文法的には正統的な手法を貫いていると言って良い。
 しかし、同時にこの映画は100年以上映画界が築き上げてきた価値観を破壊している。
 揺さぶっているなどという生易しいものではない。
 木っ端微塵に破壊しているのだ。

 映画は短いアバンタイトルの後、ヒロインのアップから始まる。
 この顔が露骨に特殊メイクアップ。
 特殊メイクアップで「とてつもなくブッサイクなオンナ」を表現している。
 全体的にまんまるっちくって肌はガッサガサ、細い奥目に額から一旦ヘコむことなく蛇の鼻(?)のように伸びる太い鼻梁、そして口は閉じているつもりなのだろうが常に少し歯が覗いている。

 この時点でワタクシ禁煙さんは思ったのである。

 「ハハァ、わざわざ女優さんを特殊メイクアップまで使ってブサイクにする、ということは、いずれこのキャラはメイクアップを取って絶世の美女に変身するのだろう、そして映画の中でブサイクと美女を行き来するのだろう。ブサイクと美女の境目がタイトルの「ボーダー」であり、境目の両側の「二つの世界」を行き来する映画なのだろう」

 全然違った。
 彼女は最後までブッサイクのままである。
 二つの世界とは、彼女(達)の世界と、それ以外、つまりは我々の世界なのだ。
 つまり、ボーダーは彼女(達)と我々の間に存在する。

 さらに驚いたことには、この映画は彼女をヒロインとした恋愛映画なのだ。

 ただ誰かと一緒じゃないと寂しいからという理由で愛のない無職オトコと同棲していたヒロインが運命のオトコと出会い結ばれるが、実は彼にはヒロインが納得できない裏の顔があった、、、

 いつの時代のメロドラマだよ、というくらいベタな恋愛映画ではないか。

 イヤイヤイヤイヤイヤ、恋愛映画とは美男美女が繰り広げるものである、というのが映画130年の歴史ではないのか。
 ありえないほどブサイクな男女が繰り広げる恋愛映画などというものがあっていいものか。コレは映画の歴史の破壊ではないのか。

 そして、映画の歴史を破壊しながらベタな異形の恋愛を美しく描ききっているのだ。
 この手腕と映像センスには恐れ入った。

 おそらく世間的にこの映画は「差別されるものの心情に寄り添った」とか言う文脈で語られるのだろう。

 しかしそんなことはどうでもいい。
 差別がイケないくらい、差別される側のこころに寄り添わなければイケないくらい、映画に教えて貰わなくても分かってる。
 映画がなにかのメッセージを伝えていないと納得できない、あるいは映画がなにかのメッセージを伝えていると大喜びする層のためにそういうのも必要なのだろうが、ワタクシ禁煙さんは正直そういうのどうでもいいのよ。

 どうでも良くないのは驚嘆すべき映像センスだろう。
 まず、ヒロインとその運命のオトコの造形が素晴らしい。
 もう、ギリギリのラインを攻めてる。
 「二つの世界」の両方でギリギリ通用する容姿。
 このバランス感覚には恐れ入る。
 ギリギリこちら側の世界の住人として許容されるが、もう一つの世界の住人と言われれば納得してしまう、絶妙なバランスの特殊メイクは、多分、特殊メイクの歴史に刻まれるだろう。

 そしてその異形の恋愛が、反則的なまでに美しいスウェーデンの自然の中で繰り広げられるのだ。
 不勉強なのでスウェーデン国民が平均的にどの程度の自然の中で暮らしているのか分からないが、本作のヒロインは勤め先の港の税関までクルマで通勤する途中、平気で鹿に出会ったりする。
 ヒロインの家の裏は鬱蒼とした森が広がっており、ちょっと奥には小さな湖すらある。
 そして、夜になると窓辺にキツネが訪ねてきたりする。
 キツネのシーンはヒロインの今後を象徴する重要なシーンなのだが、美しく、神秘的でさえある。

 この、神秘的なまでに美しい自然ととてつもない異形の恋愛が、見事にマッチしている。
 この映像センスには恐れ入る。

 もう一つ印象的だったのは、「こちら側」つまりヒロインにとっての「あちら側」のキャラクターの描き方である。
 港の税関に勤めていた彼女は特殊能力をかわれて警察の捜査に協力する。
 そして彼女は邪悪な犯罪者を見つけ出すのだが、問題はその時一緒に捜査した警察側のキャラである。
 彼女と一緒に現場を回る刑事は太っちょのおっさんで、最初は絶対警官でもないのに捜査にしゃしゃり出てきて、彼には理解できない方法で犯人を特定しだす彼女に悪印象を持っていると思っていた。
 しかし、一緒に上司に報告する段になると、完全に彼女の説を支持して彼女の味方になるのだ。
 実は偏見のない公平な人物だったのだ。
 そしてその上司。
 上司は背の高い年配の女性で凄く厳しい人物として造形されているが、彼女もヒロインの特殊な能力をきちんと冷静に評価する、偏見のない人物として描かれている。

 こういうところをちゃんとしているので、単純な「二つの世界」の対立構造に堕さず、重層的なストーリー展開を可能にしているのだ。

 なんだか今回書き方がエラく抽象的になってしまったが、本作はちょっと詳しく説明すると致命的なネタバレになってしまう危険があるのである。
 宣伝で「ファンタジー映画」と名乗っているので、イイかな、とも思うが、一応ネタバレしない程度に抑えて書きました。

 そこで最後にヒロインとその彼氏に一冊の本を読んで欲しい。
「絶滅の人類史 なぜ『私たち』が生き延びたのか」
である。
 ホモ・サピエンス以外の人類が滅びたのは、ホモ・サピエンスによる虐殺ではない。
 出産率の差なのである。

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