「アス」 「我々」はどちらの側なのか。

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 正直言ってこの映画の設定はメチャクチャです。全然説明がつかないし、筋が通らない。
この映画は後半に向けて脚本・監督のジョーダン・ピールのメッセージが強烈に出てきて、もう、設定の整合性とかよりメッセージを展開するほうが大事になっている。

 ふつう、そんな設定の整合性よりメッセージ臭優先の映画はつまらないと相場が決まっているのだが、、、
けっこー面白かったですぅ、、、

 なんで面白かというと、主要登場人物たちの具体的な行動の描写がしっかりしてるから。

 アデレードは子供の頃、両親と訪れた海辺の遊園地で迷子になり、迷い込んだミラーハウスで自分のドッペルゲンガーに会う、という体験をしていた。この時のショックでしばらく失語症になっていたが、今は克服して結婚し、子供も二人いる立派なお母さんである。
 ある日、夫の友人一家と待ち合わせて海辺のリゾートへ行くが、そこはアデレードが迷子になったあの遊園地がある土地であった。
 到着当日から周辺で不可解な事件が起こり、アデレードは夫に少女時代の事件を告白し、帰りたい、と頼むが、その夜、家の前に謎の人影が4体。男と女、そして子供二人。アデレードの家族と同じ構成だが、、、
 はたして彼らは家に侵入して来るのだが、なんと、彼らは4人ともアデレードの家族にそれぞれそっくりだった。そして、彼らは(ある意味予想どおり)アデレードの家族に成り代わるため、アデレード達を殺そうとするのだった、、、
というハナシ。

 殺しに来ているのだから、こっちも殺していかないと殺されちゃう、、、という訳で、ここからは家族対偽家族の殺し合いになります。
 一旦撃退して夫の友人一家に助けを求めに行くが、友人一家は不意を突かれて既に全員死んでいた。そして、そこには友人一家にそっくりな襲撃者が、、、

 どうもそっくりさんがいるのはアデレードの一家だけではなかったらしい。
 コレはおおごとでっせ、、、感がハンパない。

 見事だな、と思うのは、誰が、誰を、どうやって倒したか、ちゃんと判るように描いていることだ。さらに、それまでフツーの暮らしをしていた一家が、なんだかわからない殺人者たちをなぜ倒せたのか、納得の行くように描くことに成功している。
 コレはスゴイことだよ。
 何しろ子供がいるのだ。ただの中学生女子だの小学生男子がどうやって殺人に禁忌をもたない奴らを倒せるのか、あるいは少なくとも逃げおおせるのか。
 「ああ、なるほど、コレなら可能かな、、、」
と思える展開にちゃんとなっている。
 コレはスゴイことだよ2。
 ストーリー上必要な展開を具体的なアクションに落とし込めるって脚本術って意外に貴重なのだ。

最 終的に主人公のアデレードとそのソックリさんの二人はソックリさんのアジトに到達し、その中でタイマンを張るハメになる。
 この辺の上手く二人だけになる展開も自然で上手。

 そしてこのアジトの中での死闘中、ソックリさんは徐々に「自分たちがなぜ、どのようにして存在するのか」を語り始める。

 語り始めるが、まあ、細かいことはどうでもいい。全然筋通らないし。無理だし。
 要するに彼らはどうも政府が何らかの実験のために作ったクローン人間らしい。
 しかし、コレまで生活していた食費、光熱費等どうやって捻出していたのか、最終的にどうするつもりだったのか、一体全体どの程度の規模で行われてた実験なのか、一切不明なママ。
 「そのヘンは細かくツッコまないで、、、」
 という脚本・監督のジョーダン・ピールの祈りが聞こえてきそう。

 この映画は、劇中何度か「ハンズ・アクロス・アメリカ」に関する映像が出てくる。
 「ハンズ・アクロス・アメリカ」とは、1986年にアメリカでちょっとだけ話題になったイベント。
 Wikipediaによると

「1986年5月25日、15分間にわたり、アメリカ合衆国本土で人々が手をつないで人間の鎖をつくったチャリティー・イベントである。」

となっている。
 要するに「ウィ・アー・ザ・ワールド」の流れらしい。
 「金を払ってアメリカ東海岸から西海岸まで手を繋いでつなげよう」という、なにが楽しんだかサッパリ分からないこのイベントの趣旨は、結局、「アメリカ合衆国のホームレスと飢えを救済するために、」であった。救いたきゃ黙って金だけ払えばいいと思うが、それじゃ集まらないのが金というものであり、チャリティとはそういうものなのだろう。

 この、なんだか良くわからないいかにも偽善的なイベントは、案の定はなはだ盛り上がりに欠ける結果に終わったのだが、この映画に出てくるクローンたちは、なぜかこのイベントの再興を目論んでおり、地下アジトからゾロゾロ出てきては、なんだか知らないけどみんなで手を繋いでいくのであった。

 脚本・監督のジョーダン・ピールは、「ハンズ・アクロス・アメリカ」の失敗が腹立たしかったのだろう。

 「なんだ。結局無視されたヒトビトは無視されたママじゃねーか」

 これはつまり、無視されたヒトビトによる復讐劇なのだ。
 自らも黒人であるジョーダン・ピールは「いつか、オマエらが(我々が)無視してきたヒトビトに復讐されるぞ」と言っている。
 地下世界に閉じ込められてきたクローンたちは、自らがハンズ・アクロス・アメリカを再演することによって「オマエら、なんか忘れてねーか?」と問うている。

 と、言うようなメッセージがあるのだが、メッセージの提出の仕方ははなはだ生硬である。しかし、そこまでの展開がちゃんと描けているので、結果、映画としてはとても面白いですぅ、、、

 ところで映画のタイトルは「US」である。コレはUnited Statesのことでもあるだろうが、要は「我々」である。
 果たして「我々」とはどっちの側なのだろう。
 無視する側なのか。
 無視される側なのか。
 その答えがラストのどんでん返しなのだ。
 「我々」とは、無視している側だと思っていたが、実は無視される側だった、われわれのことなのだ。

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