映画を観ていると、たまに神の役割を振られている登場人物がいることに気づくことがある。この映画で言うと、香川照之演ずる医療機器の営業マンだ。
彼だけは最初から全てを知っている。
彼だけは全てを説明できる。
でも何もしないでただ状況を見守っている。
まさに神様ではないか。
そんな神様が一度だけ説明をしようとするシーンがある。
失踪した寒村の医者を捜す刑事二人組と喫茶店で話をする香川照之。
刑事は問う。
「彼はなんでこんなところで医者をしてたんでしょうねぇ。金のため?それとも愛ですか?」
コレを聞いた香川は突然目を瞑り、ふぅーっと気を失って椅子ごと後ろに倒れてしまう。
あわてて駆け寄り、香川が頭を打たないように手を差し伸べる刑事。
しかし香川はすぐに目を開け、刑事に問い返すのだ。
「今のは愛ですか?」

このシーンには戦慄した。
質問の後、気を失う香川のアップ。すぐにカメラをひいて倒れる香川と刑事二人の動き。香川の顔に切り返して「今のは愛ですか?」。
タイミングと言いトリミングと言いカメラワークと言い演技と言い、全く容赦のない、完璧な演出なのだ。
まるで黒澤のアクションシーンのようだ。
ここは凄く重要なシーンでもある。
「今のは愛ですか?」
これはこの映画のテーマだろう。この映画のキャッチコピーは「その嘘は、罪ですか」だが、オレなら「今のは愛ですか?」にする。
「今のは愛ですか?」(何回言うねん!)答えはノーだ。愛なんて大仰なもんじゃない。でも、困っている人を見たら、つい手を差し伸べたくなるだろう。いま、刑事さんが私を助けようと手を伸ばしたように。
黒澤と言えばこの映画は「生きる」に似ているところもある。「今のは愛ですか?」(だから何回言うねん!!)が失踪した医師、鶴瓶のハナシのテーマだとすると、この映画にはもう一つテーマがあるのである。
鶴瓶が診ていた老婦人、八千草薫のハナシは死を覚悟した人間が、残りの人生をどう生きるか、というハナシであって、まさに「生きる」と同じなのだ。
何しろ八千草薫確か今年80歳になる老女であって、まだ60前の志村喬のようなアクティブなハナシにはならないのだが、この差が、黒澤と西川監督の差のような気もする。逆にいえばそこしか差が無いというか。西川監督に活劇のシナリオを渡して「これで撮れ」と言ったら、とんでもないものが出来るのかもしれない。
正直言って全然好みの映画ではないで、オレは多分この映画を二度と観ないだろう。でも、この映画がとても良い映画で、西川美和がとんでもない手練れであることは分かる。
そんな映画です。



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