
ちょっとシャマランの「レディ・イン・ザ・ウォーター」を思い出してみよう。
アレは、「世界を救うヒトを覚醒させる本を書くヒトを覚醒させるために現れたオンナ」の話だった(しかもその「本を書くヒト」の役はシャマラン先生自身)。
つまり、シャマラン先生は、「書物が世界を救うヒトを覚醒させる事があり得る」と思っているのだ。
そして、「アンブレイカブル」「スプリット」と三部作をなす、シリーズ最新作にして最終話(多分)、「ミスター・ガラス」であります。
作中しきりに「19年前の列車事故」が言及される。
そうか、「アンブレイカブル」も19年前か、、、(つまり、映画の中と現実で同じ時間が流れている)
そらオレも年取るはずだわ、、、
なにしろ「アンブレイカブル」で小学生だったブルース・ウィリスの息子が、すっかり社会人になって親父の仕事を手伝ってたりする。奥さん亡くなってるし。
そして、サミュエル・L・ジャクソン演ずるミスター・ガラスは可哀想にこの19年間医療刑務所に閉じ込められていたわけだ、、、
そして本作は、「書物が世界を救うヒトを覚醒させること」つまり、「書物が世界を変える事がある」と考える、M・ナイト・シャマラン監督による、「アメコミが世界を変える」様を描いた映画なのだ。
本作に出てくる三人の超人、アンブレイカブルなオトコ、デヴィッド・ダン(ブルース・ウィリ)、悪の天才ミスター・ガラス(サミュエル・L・ジャクソン)、23の人格を持つオトコが生み出した究極の悪、ビースト(ジェームズ・マカヴォイ)は、3人共アメコミの読者(ミスター・ガラスに至ってはアメコミ専門の書店の経営者だった)であり、自らの能力や活動にも、コミックからの影響があることが描かれている。
つまり、彼ら三人はアメコミが生み出したのであり、アメコミが世界を変えるヒト(主に今回のタイトル・ロールのミスター・ガラス)を覚醒させたのだ。
コレがシャマラン監督の答えなのだろう。
「アンブレイカブル」から19年。
ハリウッド映画ではアメコミ映画がハバを利かせている。
しかしオマエらは本当にアメコミを愛しているのか。
CG使って派手な映像観せときゃ客入ると思って作ってねーか?
アメコミが、スーパーヒーローが、世界を変えるってこういうことじゃねーの?
本作はシャマラン監督が初期作品で見せていた三題噺
「父子モノ」+「丁寧な演出でジャンル映画をひっくり返す」+「衝撃のオチ」
を久々にすべてクリアした作品でもある。
精神科医が、三人とも一同に集めて
「あなた達は特殊能力者なんかじゃないの。
あなた達のしてきたことは全て通常の能力として説明できるのよ」
と説得し始めるあたりはちょっとハラハラする。
「え?そっち?そっちに行くの?」
という感じ。
観てる方も完全にこの精神科医の説得力に押されてしまう。
但し、この精神科医が「アメリカン・ホラー・ストーリー」のサラ・ポールソン。
やっぱり、「アメリカン・ホラー・ストーリー」みたいな役でした。
久々にシャマラン映画を観たな、という気がして懐かしかった。
シャマランとしても、20年越しで自分のやりたいことをやりきったな、という思いが伝わってくる。
が、正直言って「ヴィジット」のほうが面白かったかな、、、
結局、日本人のこととてアメコミ全く興味ないしなぁ、、、



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