そんなわけで、「ミッドサマー」のアリ・アスター監督のデビュー作。
観る順番が逆になってしまったが、なんだか答え合わせみたいな楽しみ方が出来た。
この2本、要は同じハナシなのだ。
つまり、
「妹に死なれたオトコ(オンナ)がラストで王(女王)になるハナシ」
コレである。
そして、どちらもホラーと銘打っていて、たしかに怖くもあるのだが、実はホラーではない。
いや、怖さで言ったらこちらの方が怖かったかも知れない。
正直、観ているあいだ怖さで震えた。
しかし、それも「いわゆるホラー」としての怖さではないのだが、、、
今回も(今回から既にして)オープニングのカットが凝っていて、のっけから
「凡百のホラーとは違いますよ」
と宣言している。ナマイキだなぁ、、、
暗い部屋の中をカメラが移動していくと、巨大なテーブルや棚に、「家のミニチュア」が置いてある。シルバニアファミリーの家みたいな、断面から中が覗けるアレである。
やがてカメラはあるミニチュアに寄って行き、二階の部屋の中を映し出すと、いつの間にかそっくりな現実の部屋になっており、どこからともなく「起きなさーい!」という女性の声が聞こえると、部屋の中のベッドに寝ていた少年がイヤイヤ目を覚ます、という趣向。
コレはあとから考えると、「ああ、こういうことを象徴してるのかな、、、」と思う。
新人のくせに出だしからなんか象徴すんじゃねーよ、という感じもする。
少年は、祖母の葬式に向かうために起こされた。
この映画は、とある老婆の葬式から始まる。
老婆の娘である少年の母親の弔辞により、祖母が極端に変わり者であったこと、しかもなんらかの宗教っぽい組織に属していたが、それを家族には語りたがらなかったこと、などが分かる。
「ミッドサマー」が最初から最後までオカルトでもサイコホラーでもなかったのに比して、いかにもオカルト・ホラーが始まるぞ、という雰囲気。
そうです。
本作は堂々のオカルト・ホラーです。
そして怖いです。
怖いんですが、ココで全く意外なことに、オカルト・ホラーとしての怖さではなかったりもします。
祖母が亡くなったあと、父母、高校生の息子中学生の娘の4人家族には、徐々に不思議なことが起こり始めるが、、、
正直、「不思議なこと」はことはこの時点では大したことはない。
それよりも、「ミッドサマー」が実は恋人同士の葛藤のハナシであったように、本作は家族の葛藤のハナシになって行く。
そもそも「ミッドサマー」のヒロインは双極性障害を患っていて、本人もパニック障害に苦しんでいたが、本作の母親の境遇はもっとシビア。母の母は解離性同一性障害で父は統合失調症をこじらせて餓死、兄は被害妄想のあげく自殺、本人も夢遊病、という有様。
ハッキリ言ってこの時点でオカルトより怖くね?
本人は自覚的ではないのだが、主に母親の不安定さによって家族は徐々に崩壊していく。母親は必死で家族をまとめようとするのだが、徐々に明らかになる祖母の謎、自身の夢遊病などでイライラをつのらせて行く。
この過程が怖い。
そう、この映画で怖いのは家族が崩壊していく過程なのである。
特に、妹が死んだ後のお兄ちゃんの反応には驚愕した。
こんな反応ってある?
これは映画史上初と言ってもいいのではないか。
これまでの映画の文法からは絶対に出て来ない発想だと思う。
ワタクシ禁煙さんはこのお兄ちゃんの反応の後、あまりの恐怖に目を逸らしそうになるのを、歯を食いしばって耐えていたような記憶がある(何故「お兄ちゃんの反応」などというものが恐怖を呼ぶのかは、本編を見ていただくしか無い)。
そして、ラスト近くなってハナシが急にオカルトに寄ってきたとき、全く意外なことに、ワタクシ禁煙さんはちょっとホッとしてしまった。
こんなことってある?
フツーは「オカルト」が怖い要素であるはずなのに、オカルトになることによってホッとしてしまう。
「ああ、コレってオカルト映画だった、、、オレはいまオカルト映画を観ているんだった、、、オカルトなら知ってるわ。なんとか対処できるわ、、、」
それだけ、本作の恐怖はオカルティックな恐怖ではないのだ。
このあと急速にオカルトになっていくが、正直、ハナシを終わらせるために「パラノーマル・アクティビティ」フォーマットを持ち出してきたな、という感じ。
なにしろタイトルからして「ヘレディタリー ~継承~」だ。
「パラノーマル・アクティビティ」も3だか4だか回を重ねるごとにナニかを「継承」するハナシになっていったではないか。
この圧倒的な既視感も、「オカルトであることによって安心してしまう」効果を生んでいるかも知れない。
母親役はトニ・コレット。
「シックス・センス」や「ヒッチコック」に出ていた、というが、ゴメンナサイ全然覚えてません。
しかし、コレは堂々たる「不安定な母親ぶり」。
かれこれ30年近くコンスタントに映画に出ているベテラン女優さんが、海のものとも山のものとも知れない新人監督のこんな無茶な映画に出て、こんなエキセントリックな演技をしてくれるアメリカ映画界を羨むべきなのか、それともそれだけ傑出した脚本なのか、判断に迷うところ。
家族の中で唯一まともな父親役が「エンド・オブ・デイズ」のガブリエル・バーンなので、どうせ最後は悪いことするんだろうと思っていたが、、、
ガブリエル・バーンくらいになると、「この脚本はモノになる」と判断したんだろうな、という気がする。
最初にも書いたが、本作と「ミッドサマー」はほぼほぼ同じハナシである。
しかし、「ミッドサマー」には本作のようなラストの「取ってつけた」感がないだけ、成長した、ということなのだろう。
まさか、三作目はもっと怖い、とでも言うのだろうか、、、
ってほん呪じゃねーし。



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