
フェイク邦題シリーズ第二弾。
驚いたことに脱走もしないし特急でもない。
しかもそもそも「脱走特急」ってシナトラの名作があるし。
観てないけど。
観てないけどね。あるのよ。
原題は
「Коридор бессмертия」。
イヤ読めんわ!(ロシア語表示されてる?)
Google翻訳によると。
「不死の回廊」
だそうである。
なるほどね。
ソ連軍がナチスドイツによるレニングラード包囲線を突破したのち、レニングラードに物資を運ぶため、慌てて線路を引いて鉄道を通し、蒸気機関車で物資を命がけで運ぶ7人のハナシ。
まあ、「不死の回廊」じゃ訳わからないから「不滅のレール」とか良くね?ダサいか。
やっとの思い出ドイツ軍によるレニングラードの包囲線を突破したものの、レニングラード市内は絶望的に物資が不足していた。なにしろ包囲戦を突破しただけで、あたりはまだまだドイツ軍だらけなのだ。
ソ連は「トラック100台分」の輸送量を誇る鉄道敷設の必要に迫られるが、物資のみならず人材も不足してた。
仕方なく線路の敷設から列車の運行に至るまで、女学生の力さえ借りざるを得なくなっていたのだ。日本で言えば「学徒動員」ですね。
で、列車運行のため駆り出された音楽学校の女学生、ソーニャとマーシャが主人公。
もともと音楽学校で楽器を習っていたが、食事がが目当てで(なにしろ列車が動くまでは物資が絶望的に不足している)「車掌」の応募に応じる。
しかし車掌とは名ばかり、なんと少女の身で線路の敷設から荷物運びまでやらされる雑用係であった。
とはいうものの、一回目の運行を乗り越えたあと、7人の乗員たちには仲間意識も芽生え、辛いながらも任務をこなしていた。
が、ある日、「孤児院の荷物」と偽装した軍の機密物資とカモフラージュ用の孤児たちを輸送する任務で、彼らは絶体絶命のピンチに追い込まれるのであった、、、
というハナシ。
で、ですね。
ロシア映画なんてタルコフスキーの「惑星ソラリス」と「ストーカー」以来(つかソビエト社会主義共和国連邦じだいですな)なので、なんとなく、美しくもやや退屈な映画かな、と思ったが、そうでもなかった。
ハリウッド映画を見慣れた目にも比較的面白く観ていられる映画でした。
まず、フツーに役者さんがみんな巧い。若いソーニャとマーシャも含めて。
きっとロシアではみんな評価の高い役者さんなのだろう。
そして当時のソ連の生活を挿みながら、鉄道敷設から物資輸送の様子、そしてラストのピンチまで持っていく展開も過不足を感じさせず上手いな、と思った。
特に、ピンチを脱するべくマーシャが突然取った行動など、「ああ!その手があったか!!」と感心してしまった。
とは言うものの、欠点もあります。
演出にちょっと雑なところがあって、解りにくいところが頻出するのね。
例えば、女学生ふたり、ソーニャとマーシャが主役と言いましたが、もう、このふたりの区別が最後までつかない。
アレ?機関士に惚れたのはどっちだっけ?
お母さんの病院を訪ねたのは?
フルートを吹くのは?
なんとなく、オープニングの時点ではキリッとした美少女がソーニャでこまっしゃくれた美少女がマーシャ、という区別があったのだが、何分ロシアのこととて終始寒さよけの被り物をしているし、どういうわけか身長体重ともにほぼ同じような女優さんをつかっているので、映画が進むほどにどっちがどっちが判らなくなってくる。
ココはなにか区別がつきやすくなる工夫が欲しかったなぁ、、、
どっちか背が低いとか。
いっそどっちかデブかブスとか。
あと列車の運行について位置関係がよく解らないところがある。
ソーニャは助けを呼びに前方のいる筈の機関車に向かって走ったはずなのに、なぜ機関車の前方にいたの?
あと映画のラストで描かれる運行には他にも車両がいたはずなのにどこに行ったの?
ことほど左様に演出が荒い。
もしかすると、アメリカ映画のテンポでロシア映画を作ろうとすると、こうなるのかも知れない。
そして最後にもう一つ。
この映画には第二次世界大戦中のソ連の生活を伝える描写が二つあり、映画にグッと深みをもたらしている。
一つは爆撃について。
この映画は最初から最後まで、常に主人公達の周囲で爆撃が起きている。
しかしもう、登場人物たちはいちいち怯えたりしない。淡々と「ああ、来たな、、、」「近いな、、、」とか受け入れてしまっている。
別に安全なことが判っているわけではない。
線路敷設のシーンでは主人公たちが働いている敷設現場そのものに落ちて、作業員に死者が出たりする。
それでも大騒ぎするでもなく、淡々と死者を悼み、作業を続行する。
そこには「爆撃」と、「爆撃による死者」が当たり前になった世界がある。
この映画で一番怖いのはココかも知れない。
コレが戦争のリアルというものなのだろう。
そしてもうひとつ。
主人公たちの活躍によって物資の状況が改善したレニングラードでは食料の配給が増える(ここで配給がどうなったのかは語られるが、それが今までと比べてどれくらい増えたのかは判らないあたり、また演出が足りないのだが、、、)。
そしてこの配給が増えたことを、以上に喜ぶのである。
任務を遂行し続ける事によって家族のような絆を獲得した主人公たち7人は揃っての夕食の最中、話題が配給増に及ぶと、喜びのあまり単なる夕食が飲めや歌えのパーティーになってしまう。
ああ、御飯の量が増えるのがそんなに嬉しいのね、、、
いままでよっぽど少なかったのね、、、ひもじかったのね、、、
コレまた戦争のリアルというものを突きつけてくる演出ではないか。
という訳で、戦争のリアルを伝える印象的な描写はあったものの、エンターテインメントしては惜しい映画になってしまったなぁ、という感じ。
ラストに用意されれ、劇中ではついに明かされることのなかった「軍の機密物質」の正体が、今となってはどーでもいー、というのもある。
アレ、劇中で主人公たちに正体を明かしてサスペンスを盛り上げるんじゃなかったら、ラストで字幕で明かされても意味無いよね。観客は大体わかってるし。完全に扱いを間違えたな、、、
こういうところがアメリカ映画のメソッドにかなわないところということなのだろう。



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