★★★☆☆

「ザ・ガール ヒッチコックに囚われた女」というテレビ映画があったが、もともとは同じ企画だったのではあるまいか、と思われるくらい同じ映画。
題材こそ「ザ・ガール」で描かれた「鳥」製作時の一つ前、「サイコ」製作時のハナシだが、なにしろテーマが同じである。
要は「ヒッチコックは主演女優のストーカーになる」と、「実は奥さんであるアルマの存在がすごく大事」、この二つだ。一応、「ザ・ガール」はヒッチコックのストーカー行為がメイン、「ヒッチコック」はアルマがメイン、という違いはあるが。
映画ファンには常識に類するハナシだが、この映画の背景になっている「サイコ」と、トビー・フーパーの「悪魔のいけにえ」と、ジョナサン・デミ(と言うか原作者のトマス・ハリスの、と言うべきか)の「羊たちの沈黙」は実在する同じ事件を題材に採っている。米国猟奇犯罪史上に燦然と輝くエド・ゲイン事件である(もっともトビー・フーパーは正式には認めておらず、「子供の頃に噂を聞いたことがある程度」と言っているが)。
事件自体の衝撃度を反映している度合いで並べると、
「悪魔のいけにえ」>「羊たちの沈黙」>>>>「サイコ」
という感じだが、まあ、「サイコ」が一番おとなしいのは、時代もあってしょうがない。
「サイコ」が他の二作と決定的に違うのは、犯人の動機や人物形成についての説明があるところだろう(コレもある意味時代を反映しているのだが)。逆に、「悪魔のいけにえ」は一切の説明がないところが素晴らしいのだが。
当時ヒッチコックは007シリーズで「北北西に進路を取れ」をパクられたと思っていて、普通のサスペンスに飽き飽きしていた。なにか、誰にもマネの出来ない、今までと全く違うものを捜していて、出会ったのがロバート・ブロックの「サイコ」だったわけだ。
そして、この映画の製作陣は、ヒッチコックの幻想シーンに、(原作者ロバート・ブロックをトバして)、一気にエド・ゲイン本人を出す、という暴挙に出た。ウッディ・アレンの「ボギー、俺も男だ!」にボギーが出てくるようなもんだ。なんとなく、「ザ・ガール」との差別化を図るため、という気もしなくもないが、コレがなんか上手く行ってない。
そもそもエド・ゲインとヒッチコックの間にロバート・ブロックが挟まっていて、ロバート・ブロックの原作から実物のエド・ゲインに飛ぶのは無理がある。
さらに言えば、ヒッチコックのこの時期の迷いを象徴させるために出しているのだろうが、ヒッチコックを演じているのはあのアンソニー・ホプキンスであって、正直言ってエド・ゲインより怖いので、「イヤあんた悩むことないやろ」という気がしてしまう。
要するにレクター博士が主演女優と妻の間で悩み、会社からのプレッシャーに悩みながら映画を作る訳だ。
そのうち全員殺して食っちゃうんじゃなかろうか、というスリルも楽しめる映画になっている。
あと、バラエティ番組の恐怖シーンでよく使われる(ハリウッドザコシショウ風に言うと)「キョンキョンキョンキョン、ギョンギョンギョンギョン!」という音楽が、「ああ、そう言えばバーナード・ハーマンによるシャワーシーンの音楽だったことよなぁ、、、」と思い出せる映画でもある。



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