「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス) と呼ばれた男」 孤独のスパイ

 スパイモノです。
 スパイモノですが。
 もう、何十年もスパイモノ映画といえば「冷戦後、スパイが必要とされなくなった時代のスパイのあり方」がテーマだった。
 「ロング・キス・グッドナイト」あたりからだったろうか。
 ジェームズ・ボンドもダニエル・クレイグになってからはずっと「スパイって、、、要る?」が通奏低音として流れている。

 しかし、世界は広い。
 この世界にはちゃんとエスポナージをアクチュアルに描ける国があるのである。
 国民(観客と、そして制作陣)にとって身体性を伴ったスパイ活動がリアルな国があるのである。

 1990年代、韓国は深刻な外交問題を抱えていた。北朝鮮が核兵器を作っているというのだ。ほんとうに核兵器を作っているおかどうか、どうしても知りたい国家安全企画部は軍人のパク(ファン・ジョンミン)を対北朝鮮用のスパイとしてリクルートする。
 パクに与えられたミッションは、

「北朝鮮と商売をして、北朝鮮で核兵器情報を持っているほどの上層部とお近づきになること」

 つまり、とりあえずは北朝鮮と商取引をするために中国の北朝鮮国境付近で商人として活動するのが当面の活動である。
 で、このファン・ジョンミンさんがどういうわけか松重豊さんクリソツなので、中国に出張に来たゴローさんにしか見えない。服装も割と近いし。最初はフツーに商売してるだけだし。
 そういう意味では日本人には入りやすい。

 中朝国境付近で地道に商売を続けていたパクは、やがて北の対外交渉委員会(要は外貨獲得係)の所長、中年で暗~い雰囲気のリ所長と、スパイ狩りが目的の国家安全保衛部課長、若いイケメンだがイヤミなチョンの二人に接触することに成功する。

 そして、チョン課長が警告し続ける中(当然、実は彼が正しい)、パクとリ所長は徐々に信頼関係を築き、互いに友情すら感じるようになっていく。
 かつて、中国の特務機関「虎部隊」の隊長、林石隆は
「スパイの奥義とは、潜伏先で友情を育むことである」
と言っていた(「平井和正」「林石隆」で検索してね。合掌、、、)。
 つまり、パクはスパイの奥義に到達したのだ。

 やがてどうしても外貨を獲得したいリ所長は、チョン課長の反対を押し切って、パクを北の将軍様と引き合わせることに成功する。
 ココに至るまでの脚本の緻密さ、演出の丁寧さは素晴らしい。
 一介の、仮想敵国の商人があの、北の将軍様との面会に至るまでを無理なく、そしてサスペンスフルに描写することに成功している。
 面会場所への道中のスリル、そして面会シーンの緊張感は、ギリギリと鳴っている音が聞こえるようだ。

 そして、映画はココから当時の韓国の政治情勢を取り込んで、驚愕すべき展開を見せ始める。
 大統領選挙で野党だった金大中氏が勝ちそうなのだ。
 ココは若い日本人には分かりにくいかも知れない。
 パクを北朝鮮に送り込んだ国家安全企画部は、前身のKCIAの時代から、金大中氏を誘拐拉致するわ暗殺未遂されて障碍を負わされるわ息子さんまで誘拐して障碍が残るほど拷問するわと、とにかく金大中氏を不倶戴天の敵とばかりに目の敵にしてきた組織なのである。
 ということは、おそらくは金大中政権樹立の際には国家安全企画部はお取り潰しどころか、当時からいたメンバーは粛清されかねない。安企部としてはなにがなんでも金大中政権樹立を阻止しなければならないのである。そして、安企部が採った阻止の方法とは。
 なんと、北の将軍様に頼んで韓国を攻撃してもらうこと。北との軍事的緊張が高まれば、北に対して高圧的な現政権じゃないと対抗できないのは、と国民が考える、というのである(この論理はちょっとオカシイ気もするが、事実なんだからしょうがない)。
あ、そういえば安企部には今、北の将軍様に謁見を許された人材がいるじゃん、、、

 というわけでパクは北の将軍様に「自国への攻撃を頼む」という無茶苦茶なミッションをこなさざるを得なくなる。

 ここで映画は不思議な展開を見せ始める。
 北の人間がなんと将軍様を含めて善人に見えてきて、南の人間が悪人に見えてくるのだ。
 実際、このあと安企部は果てしない暴走を続け、パクはどんどん追い詰められて行く。
 そして最終的に頼りになるのは、敵地で築いた友情だけであった、、、

 全体的に、銃撃戦や格闘シーンなどの派手な見せ場一切無しで、しかもヒトが死ぬことすら(ああ、、このヒト死ぬんだろうな、、、というヒトはいた)無しで、とんでもない緊張感を持続させる骨太の演出力には恐れ入る。
 主役のパクをはじめ、北の将軍様のソックリさんまで緊張感あふれる緻密な演技をしているのもサスガ。
 特にリ所長役のイ・ソンミンは素晴らしい。この役が一番難しいのだが、友情と職務(それはすなわち自分や家族の命と直結している)に挟まれて苦悩する姿を静かに演じきって間然とするところがない。

 実を言うとココまで緊張感あふれる緊密な脚本と演出を見せながら、ラストは甘いのではないか、という気がしないでもない。
 主要登場人物の中に「え?この行く末はあり得なくない?」という奴がいるのだ。

 しかしパクとリ所長が進めていた「北の自然の中でCMを撮る(北の地形や核施設を探るつもりなのね)」という事業に実際に使われた女優本人を引っ張り出して映画に出演させるなど、映画としての本気は伝わる。

 結局、例によって韓国映画の底力を思い知らされる一本でありました。

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